カルチャー

『作曲少女』作曲だけでなく、クリエイターにとって大切なことは何かを教えてくれる本

最近僕は作曲を始めているのだが、どうにも自分の作る曲にピンとこないというか、「いいかも」と思って作り始めて途中で「なんか違う」とやめてしまったり、翌日聞くと微妙だったから消したりするのを繰り返していた。

僕はギターを長年弾いてきてバンドの為の作曲はしていたのだが音楽理論というものはほとんど知らず、コード進行のパターンをいくつか知っているレベルだった。バンドをやっているころは僕が各パートの草案を持っていってあとは各メンバーが各スキルを持ち寄って曲が完成していたのだが、自分ひとりで完結するとなるとなかなか大変なのである。

音楽に関しては妙に完璧主義になってしまう自分がいて、この本を読んだ後だから言うと自分は「作曲初心者のクセに1曲目から音楽通にもわかるようなクオリティの曲」を作ろうとしていた愚かなタイプだったのだ。それをこの本は打ち砕いてくれ、作曲とはどういうものかを改めて考えさせてくれるものになった。

何より大きかったのが、この本を読んだ後に「自分ならできる」と強く思えたことだ。何も知らない女子高生ができるんだからちょっとギターを弾ける自分なら、と考えるのは作者の思う壺ど真ん中だと思うのだがまさにしてやられたということである。

 

「作曲少女」の本のあらすじ・目的

この本のあらすじとしては、主人公である全く音楽経験のない女子高生「山波いろは(以降いろは)」が何か熱中できるものは無いかと思い付きで作曲を始めようとキーボードと音楽理論書を買ったもののサッパリ分からず、たまたま同じクラスにいた女子高生にしてプロ作曲家である「黒白珠美(以降珠美)」に助けを請う。そして珠美はいろはに「音楽理論書は一切使わず、14日間で作曲できるようにする」と告げる。14日間のレッスンの日々を通し、いろはは挫折もありながら最後に1曲の曲を仕上げる、というものだ。

 

山波いろははもともと何の芸術的素養や音楽知識もないいわゆる本当に「普通」の女子高生として書かれ、それに対し黒白珠美は「天才女子高生」として普通の人とは違う言動やセンスを兼ねているように書かれている。しかし珠美はもともと最初から天才だったわけではなく、過去テニス部で努力しても報われなく挫折した「普通」の人だったことを語り、その時の自分といろはを重ねて同じ轍を踏んでほしくないと熱心に指導する。

素晴らしい音楽を作る人は世間では「天才」とされ、あたかも生まれ持ってもしくは幼少期からの教育でその才能を手に入れたように言われることが多く一般人と区別して称賛されることが多い。しかしこの本ではいろはと珠美の様に「一般人と天才」を分けて書いているように見せておいて、実は誰しもはじめから天才なわけではないということが書かれている。これは僕も同意で、「天才は努力の天才」であり、自分の最も活かせるフィールドを見出しつつ努力を努力とも思わず夢中にやっている人のことをいうと思う。

 

話はそれたが、とにかくこの本は「理論書を使わずまず1曲を完成させる」ことに重きを置いている。世の中にはまず作曲を始めようと理論書や「サルでもわかるはじめての作曲」的な本を買い、結局用語もなにもわからず挫折してしまう人が大量にいてそんな人たちの救済になったり、最初にこの本を買った人にも「最初に理論書を買わずこの本を買ってよかった」と思わせられる本である。

かといって、もちろん何も必要はなくこの本だけで作曲できるかというともちろんそうではなくある程度最初の努力は必要である。作曲ソフトやキーボードを始めにそろえる資金と、「キー」という初歩の音楽理論を覚えることである。

 

この本はよくある作曲本の様に音符やDTMの画面があったりすることは一切なく、たまに挿絵が入る以外はすべて文章(小説)という、いわゆるライトノベルの構成である。だからこの本を読み進めていって最終的に具体的な1曲が仕上がるということはなく、作曲の方法論を伝えること、モチベーションを上げることに特化した作曲本である。文章は女子高生二人の会話形式で話が進み、軽快でとにかく読みやすく、僕は3~4時間で読むことが出来た。ストーリー自体がすごく面白く、夢中になって読んでしまった。

 

先ほど書いた「モチベーションを上げる」というのもこの本のかなり大きな目的となっており、いかに初心者が心が折れないか、自分もできると思わせるかに最大限の配慮がされている。もはや自己啓発にも近いほどの考え方や名言の数々が本の中にちりばめられているので、僕自身読んでいてグッとくるフレーズがいくつもあった。僕が特に気に入ったフレーズはいくつか下に抜粋しようと思う。

 

14日間で曲を書けるようになるという最終的なからくりはいわゆる裏技的な方法が紹介され、その方法で1曲が完成し物語は完結する。長い目で見て実用的な方法ではないが、とにかく1曲仕上げ、プロがどんな方法を行っているかに触れながら自分の感性をも育てていけるようにする、最初に行うには非常にいい方法だと思った。これを詳しく書くとネタバレになるのでぜひ本書を読んでいただきたい。

見た目はかわいらしい絵で硬派な人は手に取りにくい本かもしれないが、中で語られている言葉や方法論は間違いなく本物でかなり洗練されている。そして、相当言葉を選んで書かれているなと感じた。音楽自体をすごくかみ砕いて書かれており、全体を通して非常に理解しやすい。僕自身、いい曲を作ろうとギターやコード・音符だけに向き合いすぎて頭でっかちになっていたのを鮮やかに崩してくれ、「作曲とはどういうものか」を改めて教えてくれた非常に感謝している本である。

作曲初心者やこれから始めようという人はもちろん、作曲に行き詰っている人も改めて読んでみてもいい1冊である。作曲できるようになるかどうかを置いたとしても、普通にストーリーが面白いのでそれだけでも読む価値があるだろう。

 

 

抜粋

どんな名曲を書く作曲家も、最初は初心者だった

時間をかければできるようになるっていうわけでもない。あたしはそういう"なんか頑張ってる風の努力"が好きじゃないしね

作曲は『今まで自分が感動してきた体験や記憶、空間や時間を、自分なりの形で音楽で再現する』っていうこと

音楽学習は言語学習に近い

音楽理論は"間違うために"覚えるもの

何かを作って、一番もらってはいけないコメントは『普通』

自分が好きならそれは好きで正しいし、世間のコメントなんかどうだっていい

偽インプットってのはクリエイターが言い訳にしがちな『遊んでる自分を肯定する大義名分』のことだ。

努力は夢中に勝てない

努力してる時点で向いてない

だからこそ、夢中になれると思ったものはひとつ残らずハマることにしてる

自己嫌悪スパイラルから抜け出せたのは、『嫌いにならないところまでとりあえずやる』っていうことを1回やり切れたから

『知ってる』とか『わかる』なんて別に大したことじゃない。『できる』からこそあたしたちはクリエイターなんだ

『教わるより、編み出したい』そう思えるからこそ、あたしたちはクリエーターだ。

以上「作曲少女」より抜粋

 

-カルチャー